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[255] 鶉野飛行場跡地 投稿者:ESPER 投稿日:2019/05/03(Fri) 20:36 [返信]  

「地下飛行指揮所」
鶉野(うずらの)飛行場は、加西市鶉野町(当時:兵庫県加西郡九会村・下里村)にかつて存在していた飛行場です。
第二次世界大戦中において川西航空機姫路製作所組立工場の専用飛行場として建設されました。
その後、姫路海軍航空隊や筑波海軍航空隊分遣隊が駐留し、訓練基地及び特別攻撃隊の出撃拠点となりました。
現在は、飛行場及びその周辺に防空壕や地下指揮所などの遺構が現存しています。



[254] Re:[253] 上野戦争 投稿者:RW13 投稿日:2018/12/15(Sat) 13:16 [返信]  

上野の山じゃ何と言っても西ク髏キの銅像でしょう。
取り敢えず官軍の指導者として有名だけど…
後の西南戦争じゃ政府に楯突いて敗れたから賊軍。それでも銅像が建つくらい立派な人物だったって事なのでしょう。
「彰義隊の墓」のすぐ近所なんです。
不思議な空間です、上野公園って。

「せごどん」も「田原坂」もまともに見てないけど…
「維新150年」だけじゃなく「戊申150年」ってな表現には出会ったんです、今年は。



[253] 上野戦争 投稿者:RW13 投稿日:2018/12/15(Sat) 13:14 [返信]  

150年ほど前、江戸城無血開城ってのが有名な歴史なんだそうですが…
幕府側の彰義隊は東叡山寛永寺に立てこもって、新政府軍とこの地で戦闘になったと聞きました。
「彰義隊の墓」というものもありまして…
勝てば官軍、負ければ賊軍ってのが、悲しいけど基本なのでしょうが…
ちゃんといたんですね、供養する人々が。



[252] みかさ 投稿者:RW13 投稿日:2018/06/23(Sat) 09:55 [返信]  

こちら神奈川県横須賀市稲岡町
記念艦「三笠」甲板上です。

  被弾鉄板雪見燈籠
 日本海海戦で射抜かれた三笠の艦材
を用いて作られたもので、呉鎮守府か
ら伊藤博文公に贈られ、あとで伊藤家
から記念艦三笠に返されたものです。
Snow viewing Lantern made
with shatterd metal sheets
from the MIKASA

説明文丸写しです。

轟く砲音 飛び来る弾丸 …♪

それなりの材質・形状の、それなりの質量を、それなりの速度でぶつける!
“製法”は野蛮ですが、妙に美しかったりするのがコワいです。もちろん…
こんなの欲しくて戦争する馬鹿なんかいない、とは思いますが。



[251] 九十九里だから 投稿者:P3C 投稿日:2018/05/04(Fri) 10:26 [返信]  

太平洋側の高台にありました


[250] 宇キ宮駐屯地にて 投稿者:RW13 投稿日:2018/04/09(Mon) 20:38 [返信]  

38式野砲
・諸元
口径   75mm
重量   947kg
弾量   6,8kg
初速   520/秒
最大射程 10,700m
・特性
この野砲は満州事変、支那事変、大東亜戦争等に主力野砲として参加し優秀性を誇った。機動は馬6頭で索引し日本最初の砲身後座式を採用。明治38年制式化された。
※この砲は戦後米軍が富士重工太田工場に進駐戦利品として展示されていたが米軍引き揚げ後富士重工社長横田信夫氏の好意により出品されている。
(以上説明文より)

普段入っちゃいけない所なんでしょうが、周年行事見学のついでに…
展示物一つひとつが興味深いです。で、新たな謎、っていうか今更なんですが…
「さんぱちしき」と読むのが正式?歩兵銃・騎兵銃みたいに。



[249] Re:[245] 日露戦争がらみ? 投稿者:RW13 投稿日:2018/03/15(Thu) 06:29 [返信]  

これは、ロシア海軍の装甲巡洋艦“アドミラル・ナヒーモフ”(7.780排水トン)に装備されていた、ウブコフ式35口径20.3センチ主砲の実物です。この主砲は1880年代初期に製造されたもので、初期の後装式(後部より弾丸の装填を行う方式)の艦載砲で、砲尾の閉鎖ブロックを水平にスライドさせる方式を採っていました。また、砲身基部は帯状に鋼材を重ね巻きし、砲弾発射時の高い圧力に耐えられるような構造としてありました。“アドミラル・ナヒーモフ”は、日露戦争の「日本海海戦」(1905年)において、日本海軍との交戦により沈没、主砲は後に引揚げられたものです。
This cannon is a genuine Obuchaw-Works 20.3cm L/35 gun, equipped on the Russian armored cruiser "Admiral Nakhimov". This ship sank in the Battle of Tsushima (1905) and was raised later.
(説明文を丸写しです)

こちら東京都品川区東八潮
「船の科学館」は未だ閉館中ですが、もしかしたら…
だからこそ、屋外展示物に目が向くようになった、のかも知れません。
「宗谷」見学だけだって、お腹一杯です。



[248] Re:[247] 戦艦陸奥・主砲 投稿者:RW13 投稿日:2018/03/14(Wed) 21:23 [返信]  

こんな張り紙がありました。



[247] Re:[246] 戦艦陸奥・主砲 投稿者:RW13 投稿日:2018/03/14(Wed) 21:22 [返信]  

こちら東京都品川区東八潮

もちろん、承知の上だったのですが…
「陸奥」の主砲が消えて無くなってました。



[246] Re:[216] 戦艦陸奥・主砲 投稿者:RW13 投稿日:2018/03/03(Sat) 23:06 [返信]  

こちら神奈川県横須賀市汐入町
ヴェルニー公園の一角です。

閉館しちゃった「船の科学館」(東京都品川区東八潮)で屋外展示されてた主砲が移設されてました。割と最近の出来事、のようです。
真鍮の部分が地金剥き出しになってたので、最初は気付きませんでした。“大和ミュージアム”の展示物を見習ったのでしょうか?本来の姿に近いって。



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